実践編:要件定義をしてみよう
ここまでの内容に基づいて、以下のサンプル例を元に実際に要件定義をやってみましょう。
企業概要(前提条件)

| 企業名 | A食品株式会社(加工食品製造・販売) |
| 主な事業 | スナック菓子の製造・販売 |
| 従業員規模 | 約50名 |
| 社内部門 | 総務経理(外部からの問い合わせ窓口)営業(受発注・取引先対応)製造(生産計画・在庫管理) |
| 主な取引先 | 卸売業者小売店(スーパーマーケット等) |
現在の問い合わせ発生状況
まずは、全社の問い合わせ発生状況を洗い出します。
| 大分類 | 小分類(例) | 代表的な内容 | 主担当 | 受付チャネル | 想定頻度 |
|---|---|---|---|---|---|
| A. 受発注・納品 | 注文依頼 | 定番品の追加発注、特売分の増発注 | 営業 | 電話/メール/FAX | 毎日 5〜10件 |
| 納期確認・前倒し | 欠品回避の緊急対応、納品日調整 | 営業→製造 | 電話/メール | 毎日 3〜6件 | |
| 配送・誤納品 | 数量違い、配送事故、納品先変更 | 営業→物流 | 電話 | 週 2〜5件 | |
| B. 価格・取引条件 | 価格照会 | 単価、ケース入数、ロット | 営業 | メール | 週 5〜10件 |
| 取引条件 | 支払条件、リベート、契約書 | 営業→総務経理 | メール | 月 5〜10件 | |
| C. 請求・支払 | 請求書再発行 | 送付先変更、再送、締日確認 | 総務経理 | メール/電話 | 週 3〜7件 |
| 入金確認 | 入金消込、未入金問い合わせ | 総務経理 | 電話 | 週 2〜5件 | |
| D. 品質・クレーム | 商品不良 | 異物、破損、味・品質 | 総務経理→製造 | 電話 | 月 5〜10件 |
| 表示・アレルゲン | 原材料、アレルゲン、栄養成分 | 総務経理→製造 | メール | 月 5〜10件 | |
| E. その他 | 営業・取引相談 | 新規取引、PB相談、販促提案 | 営業 | メール | 週 1〜3件 |
| 採用・総務 | 求人、工場見学、各種証明 | 総務 | 電話/フォーム | 月 3〜10件 |
問い合わせの頻度そのものよりも、高頻度×即応が必要(例:納期・欠品)と、低頻度×高リスク(例:品質クレーム)の2軸で優先度を考えるとよいでしょう。
現在の問い合わせ業務の状態と課題(As-Is)
今回は「高頻度×即応が必要」として「A. 受発注・納品」から納期確認について、現在の業務フローを確認していきます。
現在の納期確認フロー

- 問い合わせ発生
- 卸・小売から営業担当または代表番号に電話
- または営業個人宛にメール
- 一次受け付け
- 営業が直接受ける場合: 自分の判断で即答、または後回し
- 総務経理が受ける場合: 内容をメモし、営業へ電話 or メールで伝達
- 社内調整
- 営業が製造担当へ電話、口頭、またはチャット(非公式)で確認
- 回答判断
- 製造は在庫台帳や生産計画(Excel・カンバン等)を見て営業へ回答
- 顧客への回答
- 営業が製造の回答をもとに顧客へ電話・メールで折返し
- 「たぶん大丈夫」「調整します」と暫定回答することもある
- 記録・共有
- 原則なし。回答内容は営業個人の記憶・メールにのみ残る。
- 必要に応じて営業が個人的にメモ。他の担当者・管理者は把握できない。
納期確認における課題
- 担当者の課題
総務経理:営業が問い合わせに対応したかどうかわからない。できれば営業に直接連絡して対応してもらいたい。
営業:即答が難しい。調整に時間がかかる。担当者不在の時に対応が遅れる。折返し忘れ、二重回答、約束ミスが発生する時がある。 - 管理者の課題
営業責任者:問い合わせの発生状況・対応状況が把握できず、フォローができない。
生産責任者:変更依頼が多い。受注時の見積もりが不十分なのではないか。 - 経営層の課題
納期変更に対応可能な在庫や生産計画のバッファをどの程度取ればいいか計画したいが、発生状況がわからないので計画の見直しができない。 - 取引先の不満
回答に時間がかかる。変更が難しい場合、いつ頃なら納品可能かなどの情報の提示がある場合とそうでない場合がある。
現状課題を要件に変換する
洗い出した課題を、実現したい要件に変換します。
| 要件タイトル | 課題 | 要件 |
|---|---|---|
| 案件管理 問い合わせを必ず起票・一覧化する | 【担当者・管理者】 問い合わせが電話・メールで分散している。一覧管理がなく、誰が対応中か、回答していない問い合わせがないかなどが把握できない。 | 受付時点で必ず案件として起票される。 すべての問い合わせについて、受付日時、問い合わせ元(取引先)、内容(商品・数量・希望納期)、担当者、対応ステータス(未対応/対応中/回答済等)を管理する。 |
| 可視化 担当・進捗・期限を見える化する | 【担当者(総務経理)】 営業が対応したかどうかが分からない。 【管理者(営業)】 問い合わせの件数、滞留案件を把握できず、フォローできない。営業不在時に対応が止まる。 | 各問い合わせ案件に必ず担当者が割り当てられ、管理者は、担当者別・ステータス別に問い合わせ状況を把握できる。 担当者不在時でも、第三者が状況を確認できる。 |
| 即応性 優先度・期限を管理する | 【取引先】 緊急度の高い問い合わせと通常問い合わせが区別されておらず、回答が遅れて取引先の不満につながる | 問い合わせごとに優先度(通常/至急 等)を設定できる。 回答期限を設定でき、未対応・期限超過の問い合わせを識別できる |
| 記録性 判断・回答・履歴を残す | 【管理者(製造)、経営層】 製造の回答の判断根拠(在庫・生産計画)が残らない | 製造からの回答内容を案件に紐づけて記録できる。 回答内容(可否・条件・代替案)を後から確認できる。 |
| 分析性 件数・傾向を把握可能にする | 【経営層】 納期変更の頻度やどの商品・取引先で多いかを把握できず、在庫・生産計画の見直しに活かせない | 問い合わせ件数を期間・商品・取引先別に集計できる。 納期変更・調整が多い傾向を把握でき、将来的な在庫・生産計画見直しの判断材料として活用できる。 |
改善後の問い合わせ管理の姿(To-Be)
改善の基本方針は以下のように設定しました。将来的には見積~受注~変更管理・在庫管理~納品・請求~入金を一元管理するERPの検討も可能ですが、今回はまず「小さくはじめられる範囲」として納期調整のみを対象とします。
- 納期確認の問い合わせは「やり取り」ではなく「案件」として管理する
- 一次受け〜回答完了までを一つの管理プロセスに乗せる
- 即応性(現場)と可視性(管理・経営)を両立する
改善後の問い合わせ管理モデル
納期確認問い合わせ 1件 = 1案件として管理し、電話・メール・フォームなど 受付チャネルに関係なく必ず案件化する。同じ仕組みを活用して他の種別の問い合わせの管理に拡張することも考慮する
問い合わせ案件が保持する情報(案)
| 基本情報 (受付時に入力) | 受付日時 |
| 問い合わせ元(取引先名・担当者・連絡先) | |
| 問い合わせ種別(納期調整) | |
| 対象商品・数量 | |
| 希望納期 | |
| 管理情報 (運用中に更新) | 担当者(営業) |
| 優先度(通常/至急) | |
| 回答期限(目安) | |
| ステータス(未対応/確認中(製造確認)/暫定回答済/確定回答済/クローズ) | |
| 履歴情報 | 製造からの回答・判断根拠(在庫/生産計画 等) |
| 顧客への回答内容 | |
| 特記事項(代替案・条件付き対応など) |
改善後の納期確認フロー
- 問い合わせ受付・案件化
一次受付者(総務経理 or 営業)は問い合わせ内容を案件として登録。
電話で受けた場合も、必ず後追いで案件化。 - 担当割当・優先度設定
案件に営業担当を割り当て。即応が必要な場合は「至急」扱いに設定。
管理者(営業責任者)は一覧で状況を確認可能。 - 製造確認・回答記録
営業は案件をもとに製造へ確認。
製造は可否/条件付き対応/代替納期案を回答。
回答内容は案件に紐づけて記録 - 顧客への回答・ステータス更新
営業は製造回答をもとに顧客へ回答。
回答後、ステータスを暫定回答/確定回答に更新。
対応完了後にクローズ。 - 管理・振り返り
管理者は未対応案件・滞留案件・至急案件を一覧で把握。
月次・四半期で件数/問い合わせが多い取引先・商品納期変更発生傾向を確認。
| 観点 | As-Is | To-Be |
|---|---|---|
| 問い合わせ管理 | 個人対応 | 案件管理 |
| 担当・進捗 | 見えない | 一覧で可視 |
| 回答期限 | 暗黙 | 明示的 |
| 製造回答 | 口頭・属人 | 記録として残る |
| 不在対応 | 業務停止 | 第三者対応可能 |
| 振り返り | 不可 | 集計・分析可能 |
改善によって期待される効果
| 担当者(総務経理・営業) | 問い合わせ対応の心理的負担が減る。折返し忘れ・二重回答の防止。不在時でも引き継ぎ不要。 |
| 管理者(営業責任者・生産責任者) | 問い合わせの発生量・滞留状況を把握できる。属人化した対応を是正できる。「調整が多い商品・取引先」を把握可能。 |
| 経営層 | 納期変更・調整がどれくらい/どこで発生しているかを把握できる。在庫・生産計画のバッファ設計の判断材料になる。 |
| 取引先 | 回答が早くなり、回答内容のブレが少なくなる。代替案提示など対応品質が安定する。 |
[次回]設計・運用の検討へ
ここまで問い合わせ対応の改善に向けた要件定義をお話してきました。
次の記事では、整理した要件を元に実際に導入・適用するための設計・運用について説明していきます。引き続きお付き合いください。


